風神録 山坂と湖の権化
最近、妖怪の山に神社ごと引っ越してきた神様である。
八坂(無数の坂)という名前の通り、山の神様と言われているが、実際は風雨の神様であった。
雨や風を司るという事は、つまり農業の神として祀られていた。
山の神様として祀られる事になった経緯は非常に複雑であり、
その真意を知っているのは神奈子と諏訪子の二人だけである。
神奈子のトレードマークである『しめ縄』は、蛇が絡まっている姿を表現している。
脱皮を繰り返す蛇は、復活と再生、永遠を意味していた。
だが、人間は寿命を知り、永遠を信じなくなった。農業も風雨に対抗する術を手に入れつつあった。
山は火山や地殻変動で出来る事を知った。山を越える危険も失われた。
そう、人間は科学と情報を信仰し始めたのだ。それと共に、彼女ら神々に対する信仰心は失われつつあった。
彼女は、信仰心を取り戻す方法を模索していた。そして大きな賭に出る事にした。
それは『神社を人間の世界から幻想の物とし、幻想郷で信仰を集める事』だった。
現在残された信仰が全て失われ一時的に力を失うが、可能性はその方がある。
滅び行く過去の栄光より、可能性ある未来を選んだのだ。
――そして、彼女の企みは成功したように見えた。
予想以上スムースに幻想郷で神社は受け入れられ、早くも妖怪の山の神様として祀られ始めている。
余りのスムースさに何度か疑問を持つ事もあったが、幻想郷の仕組みを見ていると、その理由が何となく判る気がする。
幻想郷には博麗神社という神社が存在していた。そこの神社は、信仰心こそ殆ど失われていたが、
妖怪達に人気がありいつも誰か入り浸っている妖怪がいると言われていた。
妖怪にとって神社は、恰好の遊び場となっていたのだろう。
神奈子は信仰の対象と共に、妖怪の遊び相手としても受け入れられた。宴会も毎晩のように開かれた。
実は、神様は一緒に遊んでくれる事を望んでいるのである。お祭りとは人間と神が一緒に遊ぶ事だ。
日常を忘れて一緒になって遊ぶ事で、神と人間や、人間同士の共同体としての連帯感を持たせる。
人間が妖怪に置き換わっても一緒である。まさしくそれは、神奈子が望んだ『信仰』の形であった。
しかし、神奈子が持つ幻想郷の知識は乏しい。
幻想郷の妖怪には幾つもの勢力がある事を知らない。
にもかかわらず、山の妖怪達の信仰を集め、その代わりに大いなる神徳を与えた。
その事が、山の妖怪、つまり天狗や河童達の力が強くなり過ぎる事に気付いていなかったのだ。
その事で、平穏な幻想郷のパワーバランスを崩す恐れがあった。
神奈子は、幻想郷のバランスを取る為にこれから麓の妖怪や人間の信仰も得る必要があるだろう。
その為には、博麗神社を利用しなければ上手く事が進まない。
幻想郷で外の世界と同等の信仰を取り戻すには、まだまだ課題は残されたままである。
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