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古き軒端のしのぶにも
「ももしきや ふるきのきばの しのぶにも
なほあまりある むかしなりけり」
── 『続後撰和歌集』 1205
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慧音 「……」
紫 「貴方なら、創ることも出来るのではなくて?」
慧音 「……それも無粋に思われましてね。
この寺子屋は文字通り、古い寺院を使っていたものです。
私の生まれる遥か以前からあったものでしょう。
それが老朽化を理由に建て替えると聞き、当然だと思いながらも、
軒端の忍草を見ていると、感極まるものがございます」
紫 「……」
慧音 「どうしました? そんなにニヤニヤして」
紫 「ふふふ、やっぱり貴方は人間ねぇ」
慧音 「はぁ……褒められたのでしょうか」
紫 「もちろんよ。そんな感性、私にはありません。
貴方なら、建て替えを建言する歴史を食べることも、
新築の寺子屋に歴史を創ることも出来るはず。
それを無粋と言うのは、貴方が歴史に敗北した証だわ」
慧音 「歴史に、敗北……」
紫 「もっとも、私には歴史なんて必要ありません。
人間の営みなんて瞬きをするようなもの。
それでも、貴方がその一瞬の営みに、根を下ろした草を想うなら」
慧音 「私は人間のために、この寺子屋を守りたい」
紫 「人間は昔から、改修というせせこましい事をしていたようです」
慧音 「改修ですか」
紫 「残すものは残して、使えないところを新しくする。
優柔不断な人間のやりそうな、窮策ですわ。
貴方はそうして、食べることも創ることもせずに、
ただ歴史に負けていくのよ。悲しいわね」
慧音 「……それが、歴史を伝えるということです。
ありがとうございます。私は年々少なくなっていく生徒と、
この寂れた寺子屋を重ねて、衰勢を憂えていたのでしょう。
でも、少し道が判ったような気がします」
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百敷や 古き軒端の しのぶにも なほあまりある 昔なりけり
(宮廷の古びた軒端の忍草。
いくら偲んでも、偲び尽くせない歴史がある)
── 順徳天皇
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