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雲井の桜
「ここにても くもいのさくら さきにけり
ただかりそめの やどとおもふに」
── 『新葉和歌集』 83
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紫 「どうも、ご機嫌いかがかしら」
神子 「まったく奇妙なところだな、この幻想郷は」
紫 「お気に召して頂けたようで何よりです」
神子 「神社があるのに誰も信仰しない。
命蓮寺は新興宗教扱いで、里にあるのは廃寺ばかり。
ここの人間たちは何を頼りに生きてきたのだ」
紫 「さあ、私は妖怪なので、知りませんわ」
神子 「死ぬのが、怖くないのだろうか?」
紫 「貴方が意図した仏教統制は、外の世界でも消えているとか。
彼らは浄土の安心よりも、身近な先祖を選んだのかしらね」
神子 「欲深き弱い人間は、死の恐怖に抗えない。
祖先崇拝など、今際のときに絶望するだけだ」
紫 「でも、人間はそれを選んだ。いえ、全て捨てたのかも。
そして貴方の存在さえも、消されてしまった」
神子 「……それが私の理想だったのだ。
為政者として復活した私は、今こそ、」
紫 「『伝説』は生きた証にならないわ。
いまの貴方は幻想の生き物。生きても死んでもいない」
神子 「幻想……」
紫 「もう逃げられない」
神子 「……」
神子 「……そこにある桜は、
小墾田の桜によく似ている。
こんなところにも、咲くのだな」
紫 「こんなところだから、咲くのですよ」
神子 「……私は、死ぬのが怖かったのだろうか」
紫 「ようこそ、幻想郷へ」
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ここにても 雲井の桜 さきにけり ただかりそめの 宿と思ふに
(吉野は、ただ仮そめの住まいと思っていたのに
ここにも「雲井の桜」と呼ばれる花が咲いたのだった)
── 後醍醐天皇
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