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物言ふよりは酒飲みて
「さかしみと ものいふよりは さけのみて
よひなきするし まさりたるらし」
── 『万葉集』 3-341
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紫 「呼ばれて飛び出て」
白蓮 「あら、またそんな掛け軸の裏から……。
ここは人妖平等の寺院ですから、玄関からで構いませんよ。
しかし、お呼びした覚えは無いのですが、弟子が何か?」
紫 「妖怪のモットーは、呼ばれなくても出る、よ。
あえて呼ばれたとすれば、お酒の香りかしら」
白蓮 「お酒? ここにお酒はありませんよ。
五戒の中に不飲酒があるように、寺院で飲酒は厳禁です」
紫 「あら、肝臓に優しいのね」
白蓮 「妖怪にも、やっぱりあるのですか? その……」
紫 「無尽蔵よ。そんなわけで、貴方にぴったりのお酒を持ってきました」
白蓮 「それは、境内にあった蓮の葉ですよね」
紫 「碧筒酒よ。この蓮の茎にお酒を通して飲むの」
白蓮 「まあ、風流かもしれませんが、私は修行の妨げとなるような──」
紫 「もう、連れないわねぇ。
ちなみにこの飲み方は、表にいる入道に教わりました」
白蓮 「えっ……」
紫 「真面目にしていれば面目が立つ、なんて生臭いわ。
ここでの処世術はこれ。たまには宴会も良いものよ」
白蓮 「そのような誘惑には負けません」
紫 「動かざること妖怪の如し、ねぇ。
ところで。仏教が何故、酒を禁じているのか考えたことはある?
正解は、それが魔境の入口だから。悟りの体験版は禁じ手なのね」
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賢しみと 物言ふよりは 酒飲みて 酔ひ泣きするし まさりたるらし
(かしこぶって物を言うよりは、
酒を飲んで酔い泣きする方が優れてみえる)
── 大伴旅人
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