|
渡り川
「なくなみだ あめとふらなむ わたりがは
みずまさりなば かへりくるがに」
── 『古今和歌集』 829
|
小町 「お前さん、ここを渡るにゃまだ早いよ」
紫 「自殺した人間は、ここを渡れるのかしら」
小町 「何だい、お前さんはどう見ても妖怪だ。それに、生きてる」
紫 「死ぬことは、人間の特権なのかしら」
小町 「はぁ、さてはお前さん。人間に恋したな?
一つ教えよう。死は全ての人間に等しく訪れる。
自殺を悪だなんてするのは生者から見た傲慢だ。
天寿だろうが事故死だろうが自殺だろうが、
死ねば皆この川を渡る。死者に生前の区別は無い」
紫 「渡し賃は生前の行いを見るくせにね」
小町 「まあ、これも商売なんでねぇ。
どうしたんだい、愛しの人間は不出来だったのかい?
もっとも、私は誰の嘆願も聞けないけどさ」
紫 「いいえ、あの子は完璧な人間だったわ。
ただ、他の人よりちょっと感性が強かっただけ。
人間は例外なく彼岸に往ってしまうのね」
小町 「悪人というわけでないなら、冥界に居るだろうさ。
一筋縄では行けないし、そのうち転生するがね」
紫 「縄ならありますわ」
小町 「お前さんは死ねないよ。妖怪だろう」
紫 「いえいえ、縄で通り抜けるの。
でもそれよりも、良い事を思いついたわ」
小町 「うん?」
紫 「妖怪を殺す方法が判れば、人間を妖怪にする事も出来るのね。
だって私たちは死なないのに、生きているんですもの」
小町 「お前さん、何を企んでいる……?」
紫 「転生で業を背負うなら……永遠に死に続ければ良いの。
生と死の境界なんて、何処にも無いんですから」
|
|
泣く涙 雨とふらなむ 渡り川 水まさりなば かへりくるがに
(この涙よ、雨となって降るが良い。
三途の川が増水すれば、あの人が返ってくるだろう)
── 小野篁
|
|