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山越えて海渡るとも
「やまこえて うみわたるとも おもしろき
いまきのうちは わすらゆましじ」
── 『日本書紀』
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藍 「思えば遠くまで来たものですね」
紫 「藍、貴方はここが遠い場所だと思っているの?」
藍 「もちろんです。月ですよ。
地球から384,403kmも離れています。一瞬で来ちゃいましたが」
紫 「そう、一瞬で来ちゃったの。
貴方が遠いと思っていた月に。一瞬で」
藍 「私はどうも、この場所が好きではありません……」
紫 「妖怪は、信じていました」
藍 「はい?」
紫 「ある人から託された希望を繋ぐため、月の地を踏んだのです」
藍 「ああ、例え話ですか。はい」
紫 「ある人は、あらゆる理想を月に浮かべていました。
永遠の命。枯れない花。穢れなき世界。人間も妖怪もない。
最大限の理想郷が、月にあったのです」
藍 「ここがですか?」
紫 「そう、ここがです。
こんな無生命の月を、退廃した月を、
死を恐れるがあまり、生きることさえ拒絶したこの世界を、
あの子は最期まで理想郷だと思っていた」
藍 「……」
紫 「藍、よく見ておきなさい。
これが月よ。私達が一瞬で辿り着いた理想郷」
藍 「……あの子とは、誰のことなんです?」
紫 「例え話です」
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山越えて 海渡るとも おもしろき 今城の中は 忘らゆましじ
(山を越え、海を渡っての旅は楽しいが、
あの子ほど、私の心を晴らしてくれるものはなかった)
── 斉明天皇
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