Radical   Discovery 



  
亡国の声

                        ── 『史記』 楽書

  「寄る年波に、華胥の夢。
    貴方の安らぎは、夢を見ることなの?」




 天子 「貴方からお呼びが掛かるなんて、思いも寄らなかったわ……」
 幽々子 「良いお酒が手に入ったの。ご一緒にどうかと思いまして」
 天子 「豪勢ねぇ。こんな料理、天界でもなかなか無いよ」
 幽々子 「それから余興に、幽霊楽団のライブもどうぞ」
 天子 「うわぁ、なんて裏がありそうな……」
 幽々子 「いえいえ、私からのおもてなし。さあ、楽しみましょう?」

 幽々子 「──あまりお酒が進んでないようだけど」
 天子 「ねぇ。今日の演奏は、あの黒い子のソロライブなの?」
 幽々子 「ええ。冥界は楽しいから、これくらい悲しい方が良いのよ」
 天子 「……なるほど」
 幽々子 「何?」
 天子 「彼女が独りで奏でる音楽は、亡国の声。
      正しい音楽は国を治めるが、乱れた音楽は国を滅ぼす。
      治世の音は安らかに、乱世の音は怒りに満ちて、
      亡国の音は悲しんで沈む。そんな亡国の声を、
      生きている私が聴いたら、一体どうなるのかしら」
 幽々子 「うっかり、死んでみる?」
 天子 「貴方からお呼びが掛かるなんて、おかしいと思ったわ」
 幽々子 「そんな貴方も、寄ってきた蝶。
       この夢一夜、酔人の生、死の夢幻。さあ、愉しみましょう?」



 衛の霊公が晋を訪れる途中、濮水のほとりに宿ったときだった。
夜が更けると、どこからともなく琴の音がしてくる。
それが余りにも素晴らしい調べだったため、霊公は
同行していた楽師、師涓(シケン)に命じて、その曲を覚えさせた。

 そうして晋に着いた霊公は、晋の平公が催した宴席で、
返礼の意味も込めて、先ほどの楽曲を師涓に演奏させた。
 ところが、師涓が弾きはじめると、それを制する者がいた。
晋の楽師、師曠(シコウ)である。
「おやめください。これは、亡国の音です。
殷の師延が紂王(チュウオウ)のために作曲したもの。
周の武王が紂を滅ぼしたとき、師延は東に落ち延びて
濮水のほとりに身を投げて死にました。それ以来、
この調べは濮水のほとりに限って聴こえてくるのです。
死んだ師延の魂が成仏出来ず、亡国の音を奏でているのです。
これを聴けば、国を削られると言います。どうか、おやめください」
 だが、晋の平公は取り合わなかった。
「私の楽しみといえば音楽だけだ。
良い音楽ではないか。構わないから続けてくれ」

 曲が再開すると、十六羽の黒い鶴が舞い降りてきて、
曲にあわせて鳴きながら、翼を広げて舞った。
西北の空に黒雲が湧き、大風が吹き、大雨が降った。

 その後三年、晋には日照りが続き、田畑は大いに荒れた。
晋の平公は、大病にかかって苦しんだ。

                    ── 『史記』 楽書


政治をないがしろにして、音楽に熱中すれば、
たちまちに国は崩れてしまうだろう。

                    ── 『韓非子』 十過