|
傍若無人
── 『史記』 刺客列伝
「その振舞い、傍らに人無きが若し。
でも、それは貴方が独りじゃない証拠」
|
萃香 「うぃーっす、いるかい?」
天子 「そりゃ居るわよ」
萃香 「最近は落ち着いちゃって。真面目に天人してんじゃん」
天子 「何言ってんの。私は至極まともな天人ですよ。
それより、貴方はいつまで天界に居座るつもり?」
萃香 「もう明け渡したよ。天界はつまんないからねぇ」
天子 「そのわりには、よく来るわね。この居候」
萃香 「今は通い妻ぐらいじゃん」
天子 「どっちも困ります。
貴方にはもう少し、天界の事情も考えて欲しいもんだわ。
鬼の貴方がここに居られるのは、本当に特別なんだから」
萃香 「ふーん」
天子 「それはまるで傍若無人。
傍らに誰もいないかのように、好き勝手に振舞う。
酒に酔い、詩を歌い、愉しみの限りを尽くす」
萃香 「それこそが、天人の暮らしじゃないのかい?」
天子 「私たちは"ともに"楽しむのよ。
萃めるのではなく自由意志。全ては雲の流れのままに」
萃香 「私はもう萃めてなんかいないさ。宴会は自由意志だよ」
天子 「嘘。そろそろ本当の孤独に気が付いたんでしょう?」
萃香 「嘘? ふざけるな、私が嘘をつくもんか!
その言葉、そっくりそのままお返しするよ」
天子 「私が独りだと言いたいの?」
萃香 「そうさ。お前は天にも地にも見放されたんだ。
お前なら、私が天界に来た理由を判ってると思っていたのに」
天子 「……判らないわけがないじゃない。
あんたと私は、とてもよく似てるんだ」
|
|
衛の荊軻(ケイカ)は、燕に移住した。
そこで、筑(楽器)の上手い高漸離(コウゼンリ)と知り合い、
酒好きだった彼は、毎日のように高漸離と酒場に通った。
荊軻は酔いがまわると、市中で高漸離の筑に合わせて歌をうたい、
ともに楽しみ、やがて感極まると、人目も構わず泣いたという。
── 『史記』 刺客列伝
|
|