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日暮れて途遠し
── 『史記』 伍子胥列伝
「人間だから夜を恐れるものよね。
でも、貴方は人間でありたいと願っているの?」
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天子 「あら、貴方は竹林の」
妹紅 「おや天人。最近はよく見かけるようになったな」
天子 「天界は退屈でねぇ。地上の芝の青いこと青いこと」
妹紅 「何なら、お前も赤くしてやろうか?」
天子 「冥くは無いわね」
妹紅 「ああそうだ、会ったら聞こうと思ってたんだ。
貴方の命が、望んで得たものなのかどうか、ずっと気になっていた」
天子 「うーん、気が付けば天人になっていたからねぇ。
おそらくその問いに答えても、貴方を満足させられそうに無いわ。
私は、望まずして命を手に入れたけど、
望むことで、死を手に入れることも出来るから」
妹紅 「死を失うものと捉えないんだね。
私もそれぐらいの見識を持っていたら、違っていたかな」
天子 「貴方はどうだったの?」
妹紅 「望まなかった不老不死──そう思い込んだ千年だったよ。
私は自ら望んだんだ。自分から手を伸ばしたんだ。
復讐を誓った私は、限りある時間を抜け出して果たしたかった。
彼を殺したことを、天は許してくれるだろうか」
天子 「日暮れて途遠し。
陽は落ちて、残された時間は僅かしかない。
それなのに、為すべき大事はこんなにも遠い。
それ故に、貴方は手段を選べなかったのよ。
でも、貴方がしたことは決して許されるものでは無いわ。
だから決して忘れてはならない。それが償いだと思うよ」
妹紅 「時効など無い、か。
確かにそうだ。すっきりしたよ」
天子 「でも、今を楽しむことも忘れちゃ駄目よ。
だって、貴方は生きているんだからね」
妹紅 「うーん、私は不老不死を手に入れた時点で、
もう日が暮れてしまったように思っていたんだけど……」
天子 「もっと良く見て。
日が暮れても、貴方には夜を照らす人がいるでしょう?」
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伍子胥(ゴシショ)の家は先祖代々、楚に仕える名家であったが、
楚の平王の非道によって父と兄を殺され、自らは呉に亡命した。
それ以来、伍子胥は呉王闔廬(コウリョ)に仕えて、
いつか楚への復讐を果たそうと、時機を狙っていた。
伍子胥は呉を大国にのし上げ、何度も楚と矛を交えた。
そして亡命から十六年、呉はついに楚を破り、宿願は成る。
しかし、その頃には既に楚の平王は世を去っていて、
新しい楚王、昭王も都から落ちのびたあとであった。
そこで、伍子胥は平王の墓を暴き、
その屍をひきずり出して、三百の鞭を打った。
楚の臣であり、彼の親友でもあった申包胥(シンホウショ)は言った。
「いくら復讐でも、余りにも無道だ。天を恐れぬにも程がある」
伍子胥は答えた。
「日暮れて途遠し。私に残された時間は幾許も無い。
たとえ道で無くとも、手段を選んではいられないのだ」
── 『史記』 伍子胥列伝
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