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漂母の恵み

                 ── 『史記』 淮陰候列伝

  「窮地の恩は一生の恩。
    釈迦の悟りも一杯の施しからよ」




 天子 「私が一番乗りかな?
      こんなに怪しい船、あいつらが狙わないはずがないわ。
      ここは荒らされる前に私が……」
 村紗 「貴方も聖(ひじり)の恵みを受けた者ですか?」
 天子 「え? 誰?」
 村紗 「申し遅れました。私は村紗、この聖輦船の船長です」
 天子 「どうやら早速見つかったようね」
 村紗 「この船は聖が封印されている別天地を目指します。
      私を救ってくれた聖のために、今度は私が聖を救うのです。
      聖の復活をどうか祝福してください。
      よければ楽園までご一緒しましょう。片道切符ですが」
 天子 「え、帰って来れないのは困るわ。
      それにしても、貴方はその聖から大きな恩をもらったようね。
      恩に報いるのは良いことよ。私は仇で返すことが多いけど」
 村紗 「彼女は聖母なのです。
      海に縛られ、漂っていただけの私を救ってくれた。
      私は妖怪のまま、許された。聖の為なら……」
 天子 「あの、それじゃあ私はこれで……」
 村紗 「お待ちください。
      貴方は聖の復活を喜んでいないように見える。
      約束された楽園に向かう船に、約束された世界に、
      貴方のような危険分子を乗せていては沈んでしまう!」
 天子 「いや、あの下りますから」
 村紗 「今すぐ船から落ちるが良いわ!」
 天子 「え、決闘? そういう話なら、乗りかかった船よ!」



 韓信は極貧でいつも誰かに寄食していた。
 一時、彼は下郷県南昌の亭長の家に寄食していたが、
それが数ヶ月も続いたので、さすがに亭長の妻も嫌気がさして、
亭長の妻は韓信と同食しなくなった。この仕打ちに韓信は怒って、
それ以来、同家との交わりを絶ってしまった。
 それから毎日、することもなく釣りをしていた。
川には数人の老婆が木綿を晒(漂)していたが、
そのうちの一人が、韓信のひもじそうな姿を見て飯を恵んでくれた。
それは晒し作業の終わるまで数十日間も続いた。
 やがて韓信は楚王に封ぜられ、大きく出世した。
彼は食事を恵んでくれた老婆を招いて千金を下賜した。
また、お世話になった亭長に百銭を与えて言った。
「貴方は侠気のない人だ。
 面倒をみようというなら、最後までみるべきだった」

                   ── 『史記』 淮陰候列伝