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狡兎三窟
── 『戦国策』 斉策
「狡兎三窟有りて、その死を免るる。
優れた先見は、難を逃れる道しるべ」
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てゐ 「へへ、ちょろいもんよねー」
天子 「みーたーわーよー」
てゐ 「げっ」
天子 「貴方が頼まれたのは、置き薬の代金徴収でしょ?
それをちょろまかして、駄菓子屋で何をしていたのかしらねぇ」
てゐ 「駄菓子屋にも、薬を置かせてもらっているからね」
天子 「ふーん」
てゐ 「な、何よその目は……。
いい? 名医に必要なものは噂と人望なの。
私は陰ながら、その手助けをしたまでよ」
天子 「私は見ていたよ。
お前が置き薬の代金を、破格の安値で貰ってきたことを。
貴方は義務を買わずに、恩義を買った。
その積み重ねが、永遠亭への絶対的な信頼に繋がり、
やがて来る窮地を救うこともあるでしょう」
てゐ 「そんな予期せぬ信頼を、人は幸運だと騒ぎ立てる。
全ては裏で仕組まれたものだと言うのにねぇ」
天子 「狡兎三窟。
兎は生き延びる為に、三つの隠れ穴を持っている。
まずは里から永遠亭への信頼作り、
次に、それを知った名医から貴方への信頼作り、
最後は、貴方自身が楽をするための逃げ道作り。
なけなしの代金で駄菓子を買うなんて、ねぇ?」
てゐ 「対価よ対価。これぐらい良いじゃない」
天子 「幸運とは、巡り巡る必然なのよねぇ。
それを見抜けない愚者が、幸運だと思っているだけ」
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馮ケン[言爰]は、斉の孟嘗君から領地の徴税を命じられた。
ところが彼は、現地で領民の証文を全て焼き捨てた。
領民は大いに喜んだが、孟嘗君は良い気がしない。
馮ケンは、孟嘗君に向かって言った。
「貴方に足りないものは、恩義だけです。
証文を焼き捨て、貴方のために恩義を買ってきました。
私は貴方に、三つの隠れ穴を用意しましょう」
その翌年、孟嘗君は斉王の不興を買って、宰相を辞した。
彼が領地へ戻ると、領民は彼を百里先まで出迎えて慰めた。
これが、孟嘗君のために用意された第一の穴である。
次に馮ケンは魏に赴いて、恵王に説いた。
「斉は孟嘗君を解任しました。
大変優れた人物なので、是非登用するべきです」
恵王は孟嘗君のために宰相の地位を開け、黄金を用意した。
だが、孟嘗君は固辞して受けなかった。
これは馮ケンの策で、斉王にも情報が渡っていたのである。
果たして斉王は、魏に孟嘗君を取られてはたまらぬと、
自らの不明を侘びて、再び彼を斉の宰相に迎えた。
これが、第二の穴である。
第三の穴として、馮ケンは孟嘗君に、
自領地に先王の宗廟を建てるように進言した。
宗廟が彼の領地にある限り、斉王は孟嘗君に手を出せない。
これにより、孟嘗君の安泰は約束されることとなった。
彼は数十年もの間、宰相の地位にあり続けた。
── 『史記』 孟嘗君列伝
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