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千慮の一失

                    ── 『史記』 淮陰侯列伝

  「知者も千慮に必ず一失あり。
    どれほどの賢者でも、ときに失敗はするものよ」




 永琳 「あらあら、どうもウドンゲがお世話になったようで」
 天子 「いえいえ、今日は貴方にちょっと用があってねぇ」
 永琳 「どうか引き取ってもらえないかしら。
      私は、地上のいざこざについては一切関知しない。
      ただこの場所から、永遠を眺める世捨人。
      まして貴方の、大それた小策に授ける智慧など無いわ」
 天子 「貴方の慮りは、八意に繋がると聞くわ。
      知っているんでしょう? 要石の真実を」
 永琳 「要石は、地の要にして天の理。貴方にはまだ早い」
 天子 「もったいぶらずに。
      貴方の千慮の一失は、風の噂で聞いたわよ。
      要石があれば、一矢報いることだって出来るんじゃない?」
 永琳 「……」
 天子 「それも、貴方の手を汚さずに、ね」

 永琳 「良いでしょう。愚者も千慮に必ず一得あり。
      貴方のなけなしの知も、ときに天下を揺るがす大事を起こす。
      私は、その愚者の千慮に、知者の千慮を授けます」
 天子 「そうこなくっちゃ!」
 永琳 「神社の巫女は今、先の大地震の恐怖に打ちのめされています。
      急ぎ貴方が神社の復興に向かい、地の要を除きなさい」
 天子 「神社の建て直しは頼まれてるけど……
      自分で壊して自分で建てるなんて、どうもねぇ」
 永琳 「貴方は何のために地震を起こしたのよ。
      ゆるげども よもや抜けじの 要石、でしょ?」
 天子 「……ははぁ、なるほど」
 永琳 「千慮の一得よ。くれぐれも、愚者に気付かれる前にね」



 漢の劉邦に仕える韓信は、趙の陳余を滅ぼしたあと、
敵方の参謀であった李左車(リサシャ)を軍師に登用した。
そして、燕、斉を破る方法について李左車の教えを請うたが、
「敗軍の将は、兵を語らず」
 と恥じ入って、言おうとはしなかった。
「私は貴方の計に従うから、どうか謙遜しないでほしい」
 韓信が頭を下げたので、李左車はようやく口を開いた。
彼はその際に、こう前置きをした。
「知者も千慮に必ず一失あり、愚者も千慮に必ず一得あり。
私のような愚者にも、一得はあるかもしれません。
もし、良いと判断されたらご採用をお願いします」

                       ── 『史記』 淮陰侯列伝