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余桃の罪
── 『韓非子』 説難
「心の老いは避けられない。
愛し続けることは、不死になるより難しい」
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天子 「仙人もやっぱり、桃が好きなのね」
青娥 「いえいえ、これは私の可愛い部下がくれたものなのです。
余りにも美味しいから半分だけでも私に、と分けてくれました」
天子 「あら、何て睦まじい」
青娥 「良い子ですよ。素敵で、忠実で、死なないの」
天子 「まるで人形みたいな言い方ね、それ」
青娥 「蓬莱に生きるものは、誰もが人形ですよ。
私は、私の桃源郷を作るために、自由を手に入れたのです」
天子 「貴方の自由は、誰かの不自由。
自由とは、不自由の中にこそ生まれるものよ。
貴方も、いつか束縛を知って、その桃を思い出す」
青娥 「中身の無い話は、天人の得意分野ですね。
貴方はその──生まれながらに桃源郷に居るから、
苦労したことが無いのでしょう?
可愛い部下がくれた半分の桃を味わう余裕も無い」
天子 「……何とでも言いなさいよ」
青娥 「腐らない桃だって、あるんですよ。
それでは、失礼します」
天子 「……行ってしまったわ。
──不死の貴方とその子は、たしかに腐らない桃でしょうね。
でも、桃は腐らずとも、桃を想う心は腐るかもしれない。
貴方が感激した半分の桃は、いつか何かの切っ掛けで、
食べかけの桃を渡されたという憎しみに変わるでしょう。
そうして貴方がその子を取り除いてしまうように、
貴方もいつか、取り入った人間に除かれるかもしれない。
腐らない桃だからこそ、いつか必ず、そうなるの。
余桃の罪は、貴方に自由という束縛を教える。
不死は決して自由じゃないわ──新しい束縛の、始まりよ」
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弥子瑕(ビシカ)は美少年で、衛の霊公から寵愛を受けていた。
果樹園を散歩しているとき、弥子瑕は桃を取って食べたが、
それが余りにも美味だったので、半分を主君に差し出した。
霊公は感激して言った。
「自分で食べるのも忘れて、私に食べさせてくれるとは」
それから時が経ち、弥子瑕の容姿は衰えていった。
霊公は次第に弥子瑕を軽んじるようになり、
ついには彼を罵り、咎めるようになった。
「あいつは食いかけの桃を、私に食べさせたのだ」
── 『韓非子』 説難
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