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是々非々
── 『荀子』 修身
「是を是とし非を非とす。
是非の判断を神に委ねるは、愚の骨頂」
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天子 「桜があると聞いたけど、これほどの紅葉とは予想以上だわ。
まるで山火事ね……さすがは無縁塚の大桜」
映姫 「無縁塚の紅葉は、地獄の業火。
焼かれ焼かれて骨となり、やがて罪の色に咲き誇る。
春に来れば、紫色に咲く桜を見ることが出来るでしょう」
天子 「あら、誰かと思えば是非曲直庁の」
映姫 「お久しぶりですね。近頃はよく地上に下りているとか。
どうも最近の貴方は、私の教えを忘れているような気がします」
天子 「そんな何十年も昔の小言なんて、覚えてられないわ。
たしか六十年で忘れるんでしょう。それぐらい経ったのよ」
映姫 「良いですか。欲と未練を断ち切った者だけが天人になれるのです。
貴方が地上に下り、衆生と交わるは彼らに正しい道を示すため。
決して貴方自身が楽しみを求めて下りてきてはならないのです。
天人にとって、あらゆる愉しみは天界の中に存在しているはず。
そう、貴方は少し自分に甘すぎる」
天子 「……」
映姫 「このまま天人の自覚も無く生き続ければ、
貴方とて、輪廻転生を免れる事は出来なくなるでしょう」
天子 「ふん。是々非々の判断は、自分自身が一番知るところ。
これは、貴方が口出しする問題では無いのよ」
映姫 「いいえ、白黒付けるのは私の仕事。
是(正しい事)を是とし、非(悪い事)を非とする。これこそ知なり。
あらゆる是非の判断は、私によって行われなければならない」
天子 「黙って聞いていれば巫山戯たことばかり。
天人の私から、貴方に忠告してあげる。
是非の判断は、個人によって正しく行われるもの。
そこで誤った判断をしないように、人は学問を続けている。
だから、私は忠告に留めているの。
貴方が勝手に是非を定める理由は、何処にも無い!」
映姫 「世は愚に満ちているから、私が必要とされるのです。
地獄は、死者を罰するために存在しているのではありません。
いま生きている者を戒める為に用意されているのです。
貴方も天界とは言え、此岸に生きる者。
今ここで大桜の業火に焼かれ、悔い改めるが良い!」
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是を是とし非を非とす、これを知と謂い、
是を非とし非を是とす、これを愚と謂う。
── 『荀子』 修身
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