天子:あーあ、楽しそうだなー。
ちょっとちょっと、そこの貴方。
衣玖:……あ、私ですか?
天子:そうよ、貴方。貴方もアレ、何か判るでしょ?
ほら、あそこに飛んでる星みたいなアレ。
アレってやっぱり、噂のロケットよね?
衣玖:そのようですね。地上の吸血鬼が作ったそうです。
何でもアレで、月へ戦争しに行くんだとか。
天子:くーっ、羨ましい!
異変も異変、大異変じゃない!
地上では今ごろ大騒ぎになってるんだろうなぁ……。
衣玖:総領娘様……?
天子:妬ましい、妬ましいわ。
私だって、沢山の人をあっと驚かせるような事をしてみたい。
衣玖:総領娘様、落ち着いてください。
天子:安心して、冗談よ。でも、アレ。
話題性はたっぷりだけど、吸血鬼は負けるわね。
衣玖:え?
天子:ロケットの建設は昼夜突貫、燃料は加持祈祷による現地調達。
発散も侭ならない狭い密室……劣悪な環境の中での行軍。
こんな状態で月へ行って、士気なんて有ったもんじゃないわ。
衣玖:たしかに、遠征は不利ですよね。
天子:用意は簡単……でも、そこから先が難しいの。
私には、その吸血鬼が本気とは思えない。
単なる遊びか、広告塔……。騙されたか、騙されたフリ。
迂直の計を弁えた黒幕が別に居るんじゃない?
衣玖:迂直の計?
天子:敵に遅れて出発し、敵を安心させ、敵より先に到着する。
決して、最短距離が近道だとは限らないの。
遠回りが一番の近道になることだってあるのよ。
衣玖:なんだか難しいのですね。
天子:何にしても、楽しみだわ。
月の裏側だって、実は手の届く場所にあるかもしれない。
うん……それにしても羨ましいなぁ……。
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