その日の朝は日射しが遮られ、僅かに暗かった。
こんな夏に季節外れの朝霧が出ているのだろうか。
暑さを忘れさせてくれる霧を期待して家を飛び出した君は、目の前に揺らめく「それ」を見て驚愕したに違いない。
人型の「それ」は、生ぬるくて気持ちの悪い蒸気を放ち、山を見上げるようにゆらゆらと動いていたのだ。
――いつものように暑く、いつものように騒がしい夏の山。
彼女は人型の「それ」を見下ろしていた。
幻想郷に来てから早二年経とうとしていた。
初めは異形なる者に対して畏怖から、まともに儀式も行えなかったが、
今ではすっかり馴染み、違和感なく通常の仕事を行う事が出来た。
もう、多少の事では驚かないと思っていた。
勿論、そう思ってしまったら必ず驚かされるのが幻想郷である。
そこが外の世界にはない幻想郷の長所であった。
彼女は、守矢神社から見える巨大な人影を見ていた。
人影は神社よりも遥かにでかい、彼女にとっての古典的な表現では十階建ての高層ビル位はあるだろうか。
その人影は、彼女には昔アニメで見た巨大人型ロボットに見えた。
しかし、ロボットと言うには動きが滑らかすぎた。
まるで生きているかの様に動く人影は、時には山に望み、時には里を睨み
そして突然霧に包まれたあと、不気味なほど静かに消えた。
その事を神奈子に報告すると、それは「ブロッケンの妖怪」だと教えてくれた。
ブロッケンの妖怪とは、自分の影が霧に映り巨人に見える気象現象である。
実際何らかの気象現象かなんかであろう、そう考えてしまう自分の思考回路が面白くなかった。
だから彼女は、あの影は里を襲う巨大ロボだと思う事にした。
そう考えると調査が楽しいからである。
そう、アレは決して霧に映った影などではない。
霧が出てきたのは人影が出た後だったし、何より、ここは何が起こってもおかしくない場所、幻想郷なのだから。
→ 東風谷早苗
小さな妖精はいつものように興奮していた。
今日は山よりも大きいアレを見たからである。
勿論、実際には山よりも遥かに小さいのだが、視覚から感じる印象は大差はない。
すぐに霧に包まれ見えなくなってしまったが、彼女は確信していた。
アレは、大妖怪「だいだらぼっち」に違いない。
普段はどこに住んでいるのか判らないが、珍しい妖怪を見たと興奮したのもつかの間
妖怪の山から巫女が下りてきた。
「この辺で巨大ロ……、大きな動く物を見たりしていない?」
巫女はそういうと、霧の中を探し始めたのである。
小さな妖精は何故か焦燥感に駆られ、自分が先に見たんだから自分の物だと思う様になった。
「だいだらぼっちなんて見てないよ」
そう答え、巫女を牽制した。
彼女はただの好奇心から自分で大妖怪を探そうと思ったのである。
→ チルノ
いつも騒がしい紅魔館。その日も例外なく騒がしかった。
門番である彼女は、紅魔館の主であるレミリア・スカーレットに何やら報告していたが、 主は軽く聞き流していた。
彼女は漠然とした不安を感じていた。
朝方、山の麓に巨大な人影を見たのである。
そして、生ぬるい霧をまき散らし、消えてしまった。
アレは一体何だったのか。
大鵬の様な大きな影、吐き出された禍々しい霧、彼女は確信していた。
アレは凶事の顕形「太歳星君(たいさいせいくん)」の影である。
ついに幻想郷の全妖怪が手を取り合って戦わないといけない凶神が現れたのだと、紅魔館の主に報告していたのだ。
勿論それは聞き入れられなかった。
彼女は思っていた。
退屈な毎日を少し楽しくする為に、わざと誇張しましたけどね、と。
→ 紅美鈴
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